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友の会専用ページ 2022年3月

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ふなばし三番瀬環境学習館 友の会専用ページ 3月号

ウミガメ・リポート

リポートのはじめに

三番瀬の浜には日々さまざまな漂着物が打ちあがりますが、ときどきウミガメも打ちあがります。それほど頻繁ではありませんが、この5年間に計3回、学習館のすぐ近くの浜に巨大なアカウミガメが死んでしまった状態で漂着したのでした(図)。
今回は、ウミガメがなぜ三番瀬に漂着するのか考察し、そこからかいまみえたことについてリポートします。

ウミガメが漂着した海岸の様子
2018年6月8日

そもそも「死体をしらべる」ということ

「君、仕事は?」と聞かれたとき、
「ぼくの仕事は動物の死体をしらべることです」と答えると、たいていドン引きされます。
しかし、これは本当のことです。
動物のことを調べるのにはさまざまな手法があります。
DNAや化石、生活や動き方など、生きているものを観察することは言うに及ばず、死んでしまった動物の生身を調べることもまたそれらと同じくらい、あるいはよりいっそう大切な場合があります。医学になぞらえれば「内科」に対する「外科」にあたるでしょう。
そして、動物を殺さずに調べるのには、死体を回収するしかありません。


ウミガメの死体をしらべることでかいまみえた2,3の事柄

さて、このウミガメはなぜ死んでしまい、ここ三番瀬まで漂着したのでしょうか?
以下のようなことを調べ、考察したことをリポートします。

  1. 漂着した場所
  2. 大きさ
  3. 外傷
  4. 胃袋のなかみ
  5. むなびれ
  6. 甲羅
  1. 漂着した場所
    三番瀬は東京湾の一番奥。
    いっぽう、三番瀬から一番近いアカウミガメの産卵場所は館山のあたりです。
    湾の中に迷い込んでしまったのかもしれません。

  2. 大きさ
    体長は約120センチ。アオウミガメなどに比べ頭が一回り大きいので、いっそう巨大に見えます。最大サイズの成熟した個体です。

  3. 外傷
    甲羅には船のスクリューの痕がありました。かわいそうに、湾内に迷い込んで、どこかでぶつけられて死んでしまったのでしょう。また、からだはそこそこくさっていて、死後数日たったもののようにみえます。
    湾内のどこかで事故にあい、数日間ただよって、湾内の流れや潮の干満の力でここまで流されてきたのでしょう。

  4. 胃袋のなかみ
    胃袋の中からは、プラスチックごみがでてきました(写真)。エサだと思って吞み込んでしまったのでしょう。ウミガメには歯がありません。エサを見つけるともぐもぐせずごっくんします。
    直接の「死因」ではないでしょうが、ウミガメを衰弱させてしまった原因にはなっているように思われます。
  5. 切開した胃と黒いプラスチック片
    ウミガメの胃から出てきたプラスチック片
  6. むなびれ
    ウミガメのむなびれは、海を泳ぐのに適応したまえあしのかたちです。
    解剖して骨を調べると、基本構造はカミツキガメのものを同じであることがわかりましたが(写真)、ウミガメは指の骨などの長さをのばすことでひれの形をなす進化が起こっていることがわかります。
    いっぽう以前解剖したイルカ(スナメリ)のひれとくらべると、イルカの指関節が曲がらないのに対して、ウミガメの指と指の関節は多少曲がります。同じ海棲動物のむなびれですが、イルカとウミガメとではかなり異なっていることがわかります(写真)。
    また、ウミガメは、イルカのように「エコロケーション」と呼ばれる音波で周囲の情報を知るすべはもたず、またイルカのように高速遊泳せずに、前後左右合計4つのひれをばたつかせて、ゆったりを泳ぎます。東京湾内で目撃されている小型イルカのスナメリとは事情が異なり、湾内に航行する船の動きを察知し、回避することはむずかしそうです。
    アカウミガメのまえあしとその骨
    アカウミガメのむなびれ(まえあし)。カミツキガメと比べると指の骨一つ一つが長い
    骨格標本の拡大写真
    カミツキガメの前あしの骨格(比較しやすいよう90°回転)。基本構造(骨格をかたちづくる要素)はウミガメと同じ
    スナメリのむなびれ拡大写真
    スナメリのむなびれをひらいたところ。指の骨の数が増えている。指の関節は曲がらない
  7. 甲羅
    ウミガメの甲羅には実にさまざまな他の生きものたちが付着していました。まるで一本のカシワの木にキツネとフクロウとリスと小鳥とアリがくらす、といったふうに、その表面には「カメフジツボ」というウミガメの甲羅にくっつくフジツボ類をはじめとし、二枚貝類、ゴカイ類、ヒドロ虫類、藻類などがびっしり(写真)。ウミガメが生きている間、このようなさまざまな生きものがその甲羅をすみかにしていったのでしょう。
    水槽のフジツボなど
    カメフジツボ、二枚貝、イソギンチャクなどさまざまないきものがウミガメの甲羅に付着して生きている

おわりに

なぜ三番瀬に死んでしまったウミガメが漂着するのか?
特定は難しいものの、湾内に迷い込み(迷入)、湾内をいきかう船のスクリューにあたって死亡、その後数日海面を漂い、ここ三番瀬まで漂着するにいたったのではないか、と推察されます。

タンカーや漁船など湾内の船の航路、プラスチックごみなど、人間の社会のこと。
潮の干満や沿岸流など海洋のこと。
そして、ウミガメの、泳ぎ方や食べ方、からだのしくみや感覚のしくみといった「ウミガメが見ている世界」があり、さらにそのウミガメの甲羅をすみかにしているさまざまなきものたちの、それぞれの世界があるらしいということ。
これらがすべて合わさった「環境」というものが、ウミガメの死体をしらべてかいまみえたことでした。
リポートは以上です。

(薄井・科学コミュニケーター、標本製作・管理)

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